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「GIGAスクール構想」に小中学校の現場はどう対応したか
―エピソード集を編集した教?小林准教授と3人の学生が語る

 教育学部の小林祐紀准教授が編著?監修を務めた『GIGAスクール構想[取り組み事例]ガイドブック 小?中学校ふだん使いのエピソードに見る1人1台端末環境のつくり方』という本が、翔泳社から発行されました。国主導で一気に進められた小中学校の授業等でのICT導入における現場の先生たちの奮闘ぶりや失敗談が満載のこの本を、教育やITに興味をもっている茨大広報学生プロジェクト3人の学生が読み、小林准教授と語りました。

[広報学生プロジェクト]取材メンバー

kobayashi_gi1 小林由弥さん●教育学部2年生。社会科等の免許取得へ向けて勉強中。ICT端末を用いた教員の働き方改革に関心。

kobayashi_gi2 宇津野玲央さん●理学部4年生。地球環境科学コース在籍で理科の教員志望。防災教育をテーマに卒業研究に取り組んでいる。

kobayashi_gi3 阿井章真さん●人文社会科学部3年。静岡県出身。現在IT関係への就職も視野に入れて活動中。

この本が生まれた背景--エピソードのもつ力

―小林先生、まずは今回編著を担当された本の概要や誕生の経緯についてご紹介をお願いします。

小林准教授「一言でいうと、「GIGAスクール構想」の中で懸命に取り組んだ学校現場の先生たちのエピソードを集めた本です。
国の「GIGAスクール構想」という政策は、昨年度、コロナ禍によって23年前倒しされた形でスタートしたんですね。小中学校における一人一台の端末と、強力なネットワークの整備が急ピッチで進められた。
 ICTの活用、情報活用能力が大事という話は30年間ぐらいずっと言われてきたものの、一向に進みませんでした。小中学校の教育は基本的に自治体の管轄なので、熱心な自治体では少しずつ整備を進めてきたのですが、圧倒的に多くの自治体ではそうではなかったんですね。そこで国が主導して進めたのがGIGAスクール構想です。その結果、全ての自治体に一気にひとり一台の端末が整備されて、高速大容量の安定したネットワークに接続するという状態になったんです。
 ところが、積極的に整備を進めてきていた自治体にとってはこれまでの延長として取り組めたのに対し、そうでない多くの自治体にとっては、土台のないところに家を建てるようなもので、大変なことでした。学校教育での端末の活用に関する書籍は今までもたくさんあったのですが、それらはいわば、最終系としての良い実践の事例集で、そこに至るまでの現場でのリアルな奮闘や失敗談などが紹介された書籍はまだありませんでした。
 苦労した話、失敗した話、こんな想いで取り組んでいるんだという「エピソード」がもつ力は、とても大きいと思います。GIGAスクールが一段落ついたら、次はデジタル教科書、その次はデータの活用......と課題はどんどん進んでいくことが見えていますが、エピソードの力はこうした新たな場面、課題にも転移できるのではないか。

 また、私自身のもうひとつの狙いとして、ICTや情報活用の分野でがんばっている先生たちにスポットライトが当たるような舞台を用意したかった、というのがあります。これらの先生たちは外部業者ともいろんなやりとりをしていたりするのですが、管理職の中には企業との関係をあまり良く思わない方もいたりして、熱心な先生たちが肩身の狭い思いをしているところもありました。書籍という形になれば、その努力がもっと認めてもらえて、教師の自己肯定感を高めることにもつながるのではないかと考えました」

kobayashi_gi4 小林准教授は公立小学校教諭を経て2015年に茨大に着任した

授業以外でのICT活用の状況は

3人の学生のみなさんもそれぞれ印象に残ったエピソードがあったと思います。小林さんからご紹介をお願いします。

小林(由)「僕は『クラブ活動の希望調査から活動の記録まですべてを端末で』(p.10)というのが印象に残りました。ICTを授業で使うというのは言わずもがなとして、クラブ活動とか日常の学校の活動の中で使うことが理想的だと思うので、こういうのは良いですよね。アンケートなど紙でやっていたら大変ですから、だいぶ楽になると思います。授業以外での活用は進んでいるのでしょうか?」

小林准教授「一人一台端末になり、現場の先生方がWEBフォームを使うというのはかなり増えました。個人懇談の出席確認とか毎日の出欠?体温記録、それらはこれまで紙で保護者のサインやはんこがあり、それを集計して、誰が出したかをチェックするという作業は、授業時間中は無理なので隙間時間を見つけてやっていたわけですから、それはかなり楽になったと思います。本学の附属小でもデジタル連絡帳を入れ始めたんですよ」

―大学でも、そもそもこの調査必要なのか、というものが文部科学省などから降ってくることがあります。紙からオンラインのフォームに、というのもありますが、調査自体の必要性の吟味も進むと良いですよね。

小林准教授「まさに過渡期ですね。オンラインフォームに移って楽にはなったけれど、調査の数は変わっていない可能性は確かにあります。この移行期において、本当に必要なのかということを再確認する視点、仕事に軽重を付けていくということは、特にマネジメントする管理職や教育委員会の担当者には必要ですよね。
 その点では、学校や地域で二極化が起きていると言われますが、ICTを使える、使えないというスキルの二極化というより、それらを便利なものとして受け入れられるか、それとも、今までのものが一番いいんじゃないかと捉えるか、という違いが大きいように感じています」

端末の使用制限を強めるか自由度を高めるか

小林(由)「もうひとつ注目したのが、活用ルールに関する話(p.18)です。端末の利用にあたって、自由度を与えすぎると遊びに使う児童生徒が出てきますが、一方でルールで縛り付けるのも、ICT端末がもつ可能性を狭めてしまうと思います。これについてはどう考えたら良いでしょう」

小林准教授「これは本当に難しい問題です。このページで紹介されている埼玉県の小学校も、最初はガチガチに縛っていたんですね。だけど大事なポイントは、ガチガチに縛りつけると使いたくなくなる、ということなんですよ。何かしようと思ってもセキュリティに引っかかる、だったらいいよ、面倒くさいから......と。
 ならば、君たちがどうなっていけばこのセキュリティが緩くなって、自由度が増していくのか、そういうロードマップを、先生と子どもたちが共有していった、それがこの学校の取組みの魅力的なところです。
 デジタル上の運転免許のようなものを作って、最初はタブレットの背景が緑色で、ルールを修得すると青になり、最後はゴールドになる。ゴールドになるとエアドロップから何まで使い放題。ところが一旦へまをやってしまうと、またゴールドから青に戻ってしまう。縛るのは良いけれど、どうすれば次に自由度が増すのか、という道を示すのが大事なポイントだと思います。
 それから学校現場の先生たちもわが身を振り返る必要があるんですよね。タブレット端末が入る前から、私たちは授業中の教室で手紙を回したり、内職したり、マンガを隠して読んだりとかしていたわけですよ。そういうのは知っても知らないふりしているのに、タブレットになると目くじらを立ててしまう。子どもってそういうことするもんだ、何のトラブルも起こらないなんてあり得ない、という前提でみんなが参加せざるを得ない授業をどう展開するのか、というのが大事です」

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研修はどうあるべきか

―続いて宇津野さん、いかがですか。

宇津野「私が気になったのは2点です。ひとつは教員研修(p.69~)の視点です。教員としての意識改革の必要性とか、どんなことを具体的に研修としてやっているのか、ということが気になっています」

小林「このページに登場する先生たちに共通しているのは、研修というのは実践につながって初めて意味がある、という思想をもっているところです。ただ研修をやればいいというのではなく、どうすれば実践につながるかを考えて企画している。
 「7?2?1の法則」というのがあります。7割は現場で学び、2割は現場で学んだことへの管理職などからのフィードバック、そして残り1割がトレーニング、というものです。
 この「1割」を良い実践へとつなげるために大事にされているのが、実践のときのフィードバックです。いい実践だね、ここをこうしたらもっと良くなるよね、という。「やりっぱなし」にならない仕掛けづくりを、みなさんが懸命に考えています」

宇津野「先日まで母校の高校にて教育実習があり、私自身が端末を使った授業をしたのですが、その際もいろんなアドバイスをいただき、フィードバックの大事さを知りました。また、私の母校は2021年より中高一貫校になり、生徒自身がICTを主体的に使った新たな試みがなされていました。私も教員として新しい取り組みに対応していけるよう、研修への参加やフィードバックいただける機会を充実させていきたいです」

小林准教授「実習生や初任者はさまざまな人からフィードバックをもらえるんだけど、2年目からは自由にどうぞ、になってしまい、フィードバックがなくなってしまうんです。だから、自主的な学び合いの場に身を置くとか、フィードバックしてくれる相手を見つけてお願いするとか、意識をしておかないと教師の成長は確保できません」

宇津野「もうひとつ気になったのは、「外部人材と連携したオンラインベースでの防災学習」(p.114)です。私自身、卒業研究で防災教育をテーマに学校の生徒たちにアンケートをとり、それを学校に還元するということを行っているので、自分たちで育てた木綿を使った防災用品を作って地域にプレゼンするという事例が印象的に残りました。茨城でもそのような実践はありますか?」

小林准教授「具体的な事例はわからないのですが、東日本大震災の被害を受けた地域ですから、いろいろと取り組んでいると思います。VR眼鏡を使った防災教育の実践報告も増えてきています。水害のときにどのあたりまで水が来るか、ということをリアルに近い形で体験するようなことですね。私もVR眼鏡を研究室で買って学生が使ってますが、没入感が全然違います」

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日々の探究こそが大事

―続いては阿井さん、お願いします。

阿井さん「『担任の先生が休んでもGoogle Classroomでコミュニケーション』(p.29)ですね。先生が法事で休んだときにGoogleのアプリでやりとりして、子どもたちからメッセージを受け取ったという話です。従来の学校教育ではあり得なかったと思います。ICT教育のいい側面ではないかと感じました」

小林准教授「まさに日常的に活用している証拠ですよね。ただ、安井先生は、ICTがなくても常に子どもたちといろんなチャネルでやりとりをしようとしているんですよ。たとえば電話を使うとか。発想が柔軟ですし、子どもたちとの関係もよいという中で、日常的にあるものをどう使うか、という考えなんですよね。
 その点では、この本に登場する先生や指導主事のみなさんは、これまで探究的な学びをずっと大事にして授業をしてきたという共通点があります。探究的な学びではICTはひとつの道具でしかなくて、必要に応じてリアルにインタビューをするし、書籍を図書館から取り寄せるし、一方でリッチな情報に触れるためにはオンラインで誰かとつながったり......と、ゴールを達成するのに自分なりのやり方を見出しながら、あらやる手を使って進めることが大好きで、長年やってきた人なんですよね」

阿井「なるほど。一方で、こうした技術があることで、今まではそういう発想ができなかった先生にとっても新しいコミュニケーションが可能になった、という側面もあるのではないでしょうか。
 印象に残ったエピソードがもうひとつあります。タブレットを教室で使おうとしたら、テストではうまくいっていたのに、本番ではつながらなかった、という......」

小林准教授「『校内LANが校内RUNWi-Fiが激遅問題』(p.15)ですね。職員室の一角の充電保管庫に子どもたちのiPadを置いておいた結果、隣の校舎の明升体育_竞彩足球-足彩比分直播ポイントに明升体育_竞彩足球-足彩比分直播が集中してWi-Fiの遅延が発生していたのだけど、それを突き止めるまで大変だったという話です」

阿井「そうです。テストでは大丈夫だったのに想定していない問題がたくさん発生した、こういうことは全国でたくさん起こっているんじゃないでしょうか。一筋縄でいかない現場での、先生方の苦労を感じました」

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小林准教授「ええ、まさにそのとおりです。
 明升体育_竞彩足球-足彩比分直播ポイントを整備して、業者の方では「理論的につながるはず」と言うのだけど、じゃあ実際に全員が接続してみて大丈夫か、ということまで丁寧に検証しているわけではないわけですよね。ある自治体では、お昼と5時間目はやたらとつながりにくいとうことで、もしかしたら近隣の工場とかが関連しているのではないか、という話なんかもありました。
 そういう干渉のポイントを探したりするのは、当然本来は教員の仕事ではないんだけど、
 じゃあ誰かがやってくれるかといえば、そうもいかない。だからちょっと詳しい人が、自分の仕事はあるけれど、それを脇に置いて対処するしかなく、しかも調べてみたら実は単純な問題だった、というね。こういうボトルネックを探す取り組みは今後もずっと続いていくと思いますよ」

モノの問題より人の問題?

―情報技術の専門家が各学校に必要ですよね。そこは進まないんですか?

小林准教授「残念ながら人に関する予算、人件費はきわめてつきにくいですね。たとえば学校図書館でも、専任の司書教諭がいるところといないところでは、図書館の環境に差が出てきてしまう。それと同じように、ICTの専門人材がいる学校--そんな学校はほとんどないのですが―と、いない学校とでは雲泥の差が出ますよね。こうした課題については、私たちがもっと声を上げていかないといけません」

阿井GIGAスクール構想というと、焦点がICTに当てられがちですが、モノの問題より人の問題だと感じました」

小林准教授「そうですね。「わかりやすい授業」「説明が上手な授業」というのは一見良さそうですが、実はそれを続けていると子どもたちは考えなくなるし、一人一台端末を使うこと、もほとんどありません。そうではなくて、ゴールに向かって自分があらゆる手を使い、探究するという考えが、すべての教科に横串を刺すように入ってきたのですから。そういう中でICTが全面的に導入されたというのは、単に企業を潤すという経済的な視点だけではなく、教育面での意味もあったということだと思います」

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(取材?構成:茨城大学広報室)