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荒木雅也教授が新著『地理的表示法制の研究』を語る
【人文社会科学の書棚から】

 人文社会科学部の学問について、教員の新著に関するインタビューを通じて紹介する不定期配信のシリーズ「人文社会科学の書棚から」。第四弾の今回は、2021年11月に刊行された『地理的表示法制の研究』について、著者の人文社会科学部教授荒木雅也先生(経済法、知的財産法)にうかがいます。インタビュアーは、人文社会科学部教授の高橋修先生(日本古代中世史)です。(企画?構成:茨城大学人文社会科学部

pict_01.JPG地理的表示法制の研究

―こんにちは。よろしくお願いします。はじめてご著書のタイトルを見たときには、「何の本なんだろう?」と思いましたが、「地理的表示」というキーワードで少し検索してみただけで、意外に身近な問題なんだということがすぐにわかりました。要するに「夕張メロン」とか「米沢牛」とか「越前がに」とかのことなんですね。まずは「地理的表示」「地理的表示法制」について、わかりやすく説明していただけますか。

荒木「はい、わかりました。地理的表示制度とは、産地ブランドや産地名称保護のための制度の1つです。産地名称保護のための仕組みとしては、他に、地域団体商標、不正競争防止法、自治体が独自に実施する認証制度などがありますが、地理的表示制度は審査がとても厳重で、審査にパスして登録を得られれば手厚い保護を受けられますので、産地名称保護制度の中では最も格上の仕組みといえます。」

登録の条件をわかりやすく教えてください。

荒木「一言でいえば、土地と結びついた産物であるということです。産地に由来する独特の味わいなどが認められることを条件に保護対象として登録され、登録されれば、他地域で生産された産物には、産地名称を使うことができなくなります。ですので、夕張市の外で栽培されたメロンを、「夕張メロン」と称して売ることは禁止されます。

―そうすると登録されれば産地偽装対策としても有益なのですね。

荒木「そうです。地域団体商標などの場合は、偽装された側が自ら民事訴訟を提起して、偽装の差止めなどを請求しなければなりませんが、地理的表示として登録されれば、政府が取り締まってくれます。それだけ優遇されるのは、地理的表示が、産地名称の中でも特に価値あるものと考えられているからです。」

―この制度は、他国にもある仕組みなのでしょうか。

荒木「地理的表示は100か国以上で保護されていますが、もとは欧州から始まりました。現在では、EUで統一された制度が実施されていて、例えば、ワインとしては、フランスシャンパーニュ地方の「シャンパン」、チーズとしては、イタリアパルマ地方の「パルメザン」などが有名な登録例です。これらは、EU全域で保護されています。他方、アメリカは欧州と違って、古くからの有名な産地名称が少ないため、地理的表示の保護に後ろ向きで、本格的な制度を設けていません。そのため、EUと米国の間で対立が生じることがあります。「パルメザン」の扱いがその典型で、EU側は、米国の業者が、自身が作ったチーズを「パルメザン」と称して米国国内で売ることをやめさせたいと考えているのですが、米国は聞く耳を持ちません。」

pict_02.jpg

―よくわかりました。この対立とは、日本の地理的表示法制も、どこかでかかわっているのでしょうか。

荒木「日本は平成30年にEUと二国間協定を結び、双方の地理的表示を相互に保護することがとり取り決められました。ですので、現在では、「夕張メロン」などはEUでも保護されますし、逆に「シャンパン」などは日本国内でも保護されます。つまり、日本の酒造業者が、自身が作ったお酒を「シャンパン」と称して売ることは日本国内において禁止されます。この協定の締結交渉の中で、EU側は「パルメザン」を日本においても保護対象とするよう要求したようですが、日本側はこれを拒否しています。

pict_03.JPG荒木教授(左)と高橋教授

―日本は、他には、どういった国と二国間協定を結んでいるのですか。

荒木「英国との間では、EUと同じように、食品とお酒の地理的表示を相互に保護しています。ほかには、メキシコ、チリ、ペルー、米国との間で、少数のお酒の地理的表示に限って相互保護が実現しています。

 アジア諸国との間ではまだ、相互保護はなされていません。日本は漢字圏ですので特に中国との間で摩擦が生じています。ジェトロの最新の調査によれば、たとえば、茨城県の「笠間焼」という名称が中国国内で、商標登録されてしまっているようです。こういった名前の取り合いのような事態を回避するためには、地理的表示の相互保護が一つの有力な手段になりますので、近い将来に、できれば中国と相互保護ができればよいと思います。

―審査はかなり厳格に行われるんでしょうね。裁判になったりするケースもありそうです。どこまでの地理的範囲を特定の産物と結びつけるか、難しい問題がありそうです。

荒木「そうですね。産物の味わいなどが土地に根差すものであると本当に言えるのか、地理的表示を管理する生産者団体に管理の能力があるのかなどの点について細かく審査されます。特に難しい審査事項は産地の範囲です。産地の範囲が広ければ、産地名称を使える生産者の数が増えますし、逆に狭ければ、名称を使える生産者の数が減ることになります。

 この点が議論になったのが、「八丁味噌」です。「八丁味噌」の産地については、以前から、愛知県全域か、岡崎市八帖町か、という争いがあったのですが、平成29年に愛知県全域を産地として、地理的表示として登録されました。これに対し、令和3年に岡崎市八帖町の生産者が、登録の取消しを求め提訴しました。現在、係争中です。

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―伝統や技術、種を守るため、産物と土地を結びつける制度ということになりそうですが、法制度的にはいろいろせめぎあう場面もあるのではないでしょうか。ご著書の中でも第九章で、独占禁止法との関係を論じていらっしゃいます。特定の産地に限定して保護を加えることと、独占禁止の理念とは抵触しませんか。競争がないと慢心が生まれ技術革新が疎かになる懸念もないでしょうか。

荒木「難しい問題です。イタリアでは、地理的表示登録されているチーズに関してカルテルが行われ、独占禁止法違反として摘発された例があります。日本ではそうした事例はまだないのですが、地理的表示として登録されれば、産地が限定されますので、名称を使える生産者の数が絞られることになります。ですので、カルテルなどをやりやすくなるということは言えます。」

―とてもよくわかりました。荒木先生の研究全般について、もう少しうかがわせてください。本書の課題である「地理的表示法制」についての研究に着手したきっかけは、どういうことだったのでしょうか。

荒木「はい。私が大学院生だったころに、ガットのウルグアイラウンドが終結し、WTOが成立したのですが、その時に締結された国際協定により、地理的表示保護が世界的に広がりました。日本でもこれが1つのきっかけとなり、地理的表示保護が始まりました。私もそのころに初めて、地理的表示制度について知ることになったのですが、この制度を振興することで、日本の食文化や伝統を保護することに貢献できるのではないかと考え、研究を始めました。

―現在、茨城大学の教壇に立たれているわけですが、茨城にも様々な土地に結びついた産物がありますね。「奥久慈しゃも」のようにEUで保護されているような地理的表示もあるわけですが、そのほかにもまだまだシーズが眠っているような気がします。茨城の地元にかかわって、荒木先生が取り組まれている研究、社会貢献活動についてもご紹介ください。

荒木「はい。本県からは「奥久慈しゃも」のほか、「飯沼栗」、「江戸崎かぼちゃ」、「水戸の柔甘ねぎ」の4つが現時点で日本において地理的表示として登録されています。そしてこれらすべてが、EUとの相互保護の対象になっています。まだほかにも有望な産物はありますし、いずれアジア諸国との相互保護が始まると思いますので、日本国内での登録件数を増やしていく必要があります。もちろん本県にも有望な産物はたくさんあると考えています。

 茨城県内の埋もれたシーズを掘り出すための1つの手がかりとして、徳川斉昭がのこしたレシピ集『食菜録』に関心があります。現在、水戸市内の研究者と共に、調査を進めているのですが、いずれその成果をシンポジウムなどで公開する予定です。」

私の専門の歴史学ともかなり接点がありそうです。なにか一緒にできるといいですね。荒木先生の研究について、直接お話をうかがい、地理的表示には改めて興味を持つことができました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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(インタビューは、2022年422日、人文社会科学部荒木雅也研究室において)

書籍情報

  • 荒木雅也『地理的表示法制の研究』、尚学社、5300円+税、202111月刊